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「ドカベン」連載終了・・・

営業グループ・元澤です。 前回サッカーネタを掲載しましたので、今回はW杯のさなかですが、野球ネタでいきたいと思います。 不朽の野球漫画「ドカベン」が先月で連載終了してしまいました。連載開始が1972年(昭和47年)、同年生まれの小職にとっては小学生時代には「キャプテン」と並ぶ野球バイブルでした。(「巨人の星」は私たち世代よりも少し上と思われますので) 小欄をご覧頂いている皆様は、ドカベンの中で誰がお気に入りでしたでしょうか? 小職は明訓高校の中では小さな体でも頑張る里中君でしたが、他高では、小職が千葉出身ということもあり千葉県の「クリーンハイスクール」を秘かに応援していました。4番打者が「フォアマン」という外国人選手で、「高校野球なのに助っ人?」と不思議な感覚を持ちつつも、妙に心強さを感じたものです。当時は実際の高校野球でも「PL学園」のようにアルファベット表記の学校はありましたが、野球強豪校でカタカナ表記はかなり珍しく、その点も斬新な印象がありましたが、その後の甲子園出場校を見ると、「聖心ウルスラ学園」(宮崎県)や「クラーク記念国際高校」(北海道)があり、カタカナ表記の学校名もすっかり違和感はなくなった様に思います。このあたりにも作者の水島新司先生の先見の明を感じずにはいられません。山田太郎選手が江川学院の中(あたる)投手に5打席連続敬遠をされた際には「そんなバカなことが」と思いましたが、後に星稜高校時代の松井秀喜選手が甲子園で同じ様に5打席連続敬遠をされ、当時は社会現象にまでなりました。また「ドカベン」ではありませんが、「野球狂の詩」(正式には続編の「新・野球狂の詩」)では水原勇気投手が所属する球団が経営譲渡により「札幌華生堂メッツ」という北海道を本拠地としたチームに変わり、「北海道にプロ野球チームなんて、そんな漫画みたいな話が・・・」(実際漫画なのですが)と思ったものですが、その数年後日本ハムが本拠地を北海道へ移転し、北海道のプロ野球チームが現実のものとなったということもありましたし、水島作品には驚かされることばかりでした。 フィナーレは、岩鬼選手のアドバイスを聞いた山田太郎選手の鮮やかなサヨナラホームランでしたね。水島先生には夢を有難うございました、と是非申し上げたいです。 コアなファンにしか分からない話題にお付き合いいただき、有難うございます。